肥満細胞とは、細胞内にヒスタミンなどを含む顆粒を多く蓄えた免疫細胞のことで、体が「太っているかどうか」とは関係がありません。
この肥満細胞が腫瘍化したものが「肥満細胞腫(Mast Cell Tumor:MCT)」であり、猫では皮膚腫瘍の中でも発生率の高い腫瘍のひとつとして知られています。
犬の肥満細胞腫は皮膚・皮下に発生するケースがほとんどですが、猫の場合は皮膚だけでなく、脾臓などの内臓や消化管にも比較的高い頻度で発生する点が大きな特徴です。
今回は、猫の肥満細胞腫について、参考として犬の肥満細胞腫との違いも織り交ぜながら、基礎知識から診断・治療薬までわかりやすく解説します。
第1章:猫の肥満細胞腫とは?

『分類早見表:まずは全体像をつかもう』
猫の肥満細胞腫は発生部位と細胞の形態によって分類されます。
以下の表で全体像を把握しておくと、診断や治療方針の理解がスムーズになります。
| 大分類 | 中分類 | 特徴 | 頻度の目安 |
| 皮膚型 | 高分化型 | 多くは緩徐な経過をたどる。猫の肥満細胞腫の大部分を占める。 | 約60% |
| 皮膚型 | 未分化型 | 転移リスクがやや高め。核異型が強く、増殖が速いタイプ。 | 約25〜28% |
| 皮膚型 | 異形型(非定型) | シャム猫の若齢個体に多く、自然退縮することもある。 | 約10〜20% |
| 内臓型 | 脾臓型 | 内臓型の中で最多。脾臓のみの発生であれば、摘出後に長期生存が得られることもある。 | 数%程度 |
| 内臓型 | 消化管型 | 内臓型の中では少数。悪性度が高く、予後不良のことが多い。 | 数%程度 |
※頻度はSabattiniら(2010)・Henry & Herreraら(2013)・Litster & Sorenmoら(2006)のレビューをもとにした目安です。
肥満細胞の役割と腫瘍化のメカニズム
肥満細胞腫は、猫の皮膚にできる腫瘍(できもの)の中で、基底細胞腫に次いで2番目に多く見られる病気です。
皮膚にできる腫瘍のおよそ5個に1個がこの肥満細胞腫と言われるほど身近な病気で、日常のチェックで気づかれることも決して珍しくありません。
肥満細胞は犬と同様、皮膚・粘膜・消化管など全身の結合組織に広く分布し、アレルギー反応や炎症反応、寄生虫への防御などに関わる免疫細胞です。
細胞内の顆粒にはヒスタミン・ヘパリン・プロテアーゼなどが含まれ、刺激を受けると顆粒の内容物を放出(脱顆粒)して炎症反応を引き起こします。
猫の肥満細胞腫でも、細胞増殖のシグナルを伝える受容体型チロシンキナーゼ「KIT」の異常が一部の症例で関与しているとされますが、犬に比べてc-kit遺伝子変異が検出される頻度は低いことが報告されています。
そのため、分子標的薬の効果を予測するうえでの遺伝子変異検査は、犬ほど確立されていないのが現状です。
発生部位による大分類:皮膚型と内臓型
犬では皮膚・皮下への発生がほとんどですが、猫では大きく「皮膚型」と「内臓型」に分けられます。
皮膚型がもっとも多く全体の大部分を占め、内臓型はそれに比べると頻度は低いものの、より重篤な経過をたどりやすいとされています。
内臓型はさらに「脾臓型」と「消化管型」に分かれます。皮膚型は頭頸部(耳介など)、体幹部に好発し、単発の数mmの小さな皮膚病変として見つかることが多いです。
皮膚型の見た目の特徴
犬の肥満細胞腫では、はっきりと盛り上がった「しこり」として見つかることが多いのに対し、猫の皮膚型は直径数mm程度の小さなピンク〜赤色の丘疹(きゅうしん)や結節として見つかることが多く、必ずしも明瞭に隆起しているとは限りません。
表面がやや脱毛していたり、かさぶた状になっていたり、平坦に近い皮膚の変化として気づかれることもあり、初期には虫刺されや軽い皮膚炎と見分けがつきにくいこともあります。
頭部・耳介に多くみられますが、体幹や四肢にできることもあります。
好発猫種・年齢と見た目の多様性
発生年齢の中央値は9歳前後と報告されていますが、実際には若齢でもよく見られ、4歳以下での発生も全体の約20%に上るとするデータもあります。筆者自身も、3歳以下での発生を何例も経験しています。「まだ若いから大丈夫」と思わず、日ごろから皮膚の変化をチェックすることが大切です。
また、猫では皮膚に複数の病変が同時に見つかること(多発例)も珍しくありません。
1個見つかったときに、確認のために全身の毛刈りをしてみると、筆者の場合は最大で17個見つかったこともあります。
しかし、犬とは異なり、猫では多発していること自体が必ずしも予後の悪化に直結しないとされている点も大きなポイントです。
犬の肥満細胞腫ほど典型的ではありませんが、猫でも刺激によって肥満細胞が脱顆粒し、病変の周囲が一時的に赤くなったり腫れたりする反応(ダリエ徴候)がみられることがあります。猫では症状が目立ちにくいこともありますが、病変を繰り返し触ったり揉んだりすることは避け、変化に気づいたら早めに動物病院を受診しましょう。
第2章:皮膚型の組織学的分類

第1章の分類早見表でふれたとおり、「皮膚型」は細胞の形態によってさらに詳しく分類されます。
犬では予後予測に広く用いられる統一的なグレーディングシステムが確立されていますが、猫ではまだ確立されていません。これは犬との大きな違いのひとつで、代わりに以下のような組織学的分類が参考にされます。
| 分類 | 概要 | 頻度の目安 |
| 肥満細胞型 (高分化型) |
細胞の分化度が高く、核異型が少ないタイプ。肥満細胞型の大部分を占め、多くは緩徐な経過をたどる。 | 全体の約60% |
| 肥満細胞型 (未分化型) |
核異型が強く、増殖が速いタイプ。転移リスクが比較的高いとされる。 | 全体の約25〜28% |
| 異形型 (非定型) |
若齢〜シャム猫に好発する特殊型。自然退縮する例が報告されている。 | 全体の約10〜20% |
※上記の頻度は、Sabattiniら(2010、症例数25例)やHenry & Herreraら(2013)のレビューをもとにした目安です。報告数が限られているため、施設や地域によって数値には幅があります。
臨床病期と脾臓型・消化管型の評価
内臓型(脾臓型)では腹部超音波検査による脾臓の腫大や構造の評価、消化管型では消化管壁の肥厚・潰瘍の有無の確認が重要です。
皮膚型であっても、一定数は脾臓などへの転移が疑われるケースがあるため、皮膚の病変のみと思われる場合でも超音波検査による内蔵の確認が推奨されます。
第3章:症状と気づきのポイント

猫の肥満細胞腫は発生部位によって現れる症状が大きく異なります。以下のような点をチェックしてみましょう。
| 症状・所見 | 背景となるメカニズム |
| 皮膚の丘疹・結節 | 肥満細胞の増殖により病変を形成。数mmのピンク色で。小さな湿疹と間違われることも少なくない。 |
| 触ると赤くなる・軽度に腫れる | 刺激による脱顆粒でヒスタミンが放出される反応(軽度のダリエ徴候)。無理に触らず早めに受診を。 |
| 元気消失・食欲不振・体重減少 | 脾臓型での脾腫大や、それに伴う貧血・全身状態の悪化によって生じる。 |
| 嘔吐・下痢・黒色便(タール便) | ヒスタミンによる胃酸分泌の亢進で、胃・十二指腸潰瘍や消化管出血が起こる。特に消化管型で顕著。 |
| 腹部の触知可能な腫瘤・膨満感 | 脾臓の腫大や消化管腫瘤、腹水の貯留などによって生じる。 |
| リンパ節の腫れ | 所属リンパ節への転移により腫大することがある。触診・エコーでの評価が重要。 |
第4章:診断方法

針生検(FNA)・細胞診
皮膚の病変に対しては、細い針で細胞を吸引する針生検(Fine Needle Aspiration:FNA)が第一に行われます。
通常、腫瘍の確定診断には病理検査(ある程度切除して検査に出す)が必要で、簡易検査であるFNAだけで確定診断までできる腫瘍は多くありません。
しかし、肥満細胞腫は細胞内に特徴的な紫色の顆粒を持つため、麻酔なしのこの検査で迅速に診断できることも多いです。
画像検査・血液検査
猫では内臓型・消化管型の頻度が比較的高いため、腹部超音波検査(脾臓・肝臓・消化管の評価)が特に重要です。
また、あわせて胸部X線検査、血液検査(一般臨床検査に加え、血液中への肥満細胞の出現の有無を確認する塗抹検査など)も行われます。
c-kit遺伝子変異検査
民間の検査センターで猫のKIT(c-kit)遺伝子変異検査を実施することも可能ですが、前述の通り猫では変異の検出頻度自体が犬より低く、分子標的薬の効果予測における臨床的な位置づけは、犬ほど確立されていません。
今後の症例データの蓄積が期待される分野です。
第5章:基本の治療

猫の肥満細胞腫の治療の第一選択は手術で切除することですが、発生部位(皮膚型/脾臓型/消化管型)によって治療のアプローチが異なります。
外科手術(皮膚型の第一選択)
皮膚型で転移のない肥満細胞腫に対しては、外科的完全切除一択です。
犬では従来、周囲2〜3cm程度のマージン(腫瘍の周りを何㎝広く切除するか)が目安とされることが多いのに対し、猫ではこうした明確なマージン基準はまだ確立されておらず、通常の狭い切除幅であっても良好な予後を示す報告も多くあります。
脾臓摘出(脾臓型の第一選択)
脾臓型(内臓型)に対しては、脾臓摘出術が第一選択となります。脾臓のみの発生であれば、摘出後に長期の生存が得られる例も少なくありません。
消化管型では、腫瘤の存在する腸管の切除が検討されますが、他のタイプに比べて予後は厳しい傾向にあります。
放射線治療
完全切除が難しい部位や、切除後に断端に腫瘍細胞が残存した場合には、放射線治療が選択肢となります。
猫でも局所再発の抑制効果が期待されていますが、実施頻度は多くありません。
化学療法・分子標的薬
転移がみられる症例や、脾臓型・消化管型などで外科的切除が難しい場合には、全身療法として化学療法が検討されます。
従来から適応外で用いられているビンブラスチンなどの抗がん剤に加え、近年では犬用の分子標的薬であるトセラニブを猫の肥満細胞腫に適応外で使用する報告が増えており、治療の選択肢のひとつとなっています。
ただし、猫における投与量や副作用のモニタリング方法については、確立されたプロトコルがまだ十分ではないのが現状です。
第6章:薬剤による治療の選択肢

猫の肥満細胞腫の治療では、外科手術を軸に「全身療法(抗がん剤・分子標的薬)」や「症状緩和のための支持療法薬」を発生部位や悪性度に応じて組み合わせて管理していきます。
| 成分(製品名) | 特徴・役割 |
| トセラニブ (パラディア) |
KITを標的とする分子標的薬(チロシンキナーゼ阻害薬)。犬の肥満細胞腫に承認されている経口薬だが、猫の肥満細胞腫(特に切除困難例・転移例)に対しても臨床現場での使用が増えている。腫瘍細胞の増殖シグナルの抑制と血管新生の抑制が期待される一方、猫では消化器症状などの副作用に対するモニタリングがより重要となる。
※トセラニブは犬用の医薬品であり、猫の医薬品として承認されているものではありません。実際の使用にあたっては、必ず獣医師の診断と指導のもとで行われます。 |
| ビンブラスチン (エクザール) |
プレドニゾロンと併用する形で従来から用いられている注射用の抗がん剤で、脾臓型・消化管型など全身療法が必要な高悪性度の症例で選択される。猫では消化管の神経への影響により、便秘・食欲不振などが生じるケースもあり、投与後は排便や食欲の様子を注意深く観察することが重要とされる。
※ビンブラスチンは人間用の医薬品であり、猫の医薬品として承認されているものではありません。実際の使用にあたっては、必ず獣医師の診断と指導のもとで行われます。 |
| 副腎皮質ステロイド | 抗炎症・抗アレルギー作用があり、単独あるいは他の抗がん剤と併用される。脾臓摘出後の補助療法や、切除困難な腫瘍の緩和目的でも使われる。 |
| 抗ヒスタミン薬 | 肥満細胞から放出されたヒスタミンが引き起こす皮膚の赤み・腫れ・かゆみを抑える目的で使用。手術前後や脱顆粒のリスクがある場面でも併用される。 |
| 胃酸分泌抑制薬 | ヒスタミンの刺激による胃酸の過剰分泌を抑え、胃潰瘍・十二指腸潰瘍や嘔吐・食欲不振を予防・軽減する目的で併用される。消化管型では特に重要。 |
※上記は学術情報に基づく一般的な内容であり、実際の使用にあたっては必ず獣医師の指示に従ってください。
まとめ
実際の臨床現場では、猫の肥満細胞腫は、皮膚の小さな病変として見つかるケースが一番多いです。
また、猫は犬や人間ほど頻繁には体表に丘疹(ニキビや虫刺されのような赤い湿疹)はできません。
ただの一時的な湿疹だと思っても、数日で引かないようであれば念のため動物病院で相談しましょう。
- 猫の肥満細胞腫は、皮膚型だけでなく内臓型(脾臓型・消化管型)の発生も少なくない
- 皮膚に小さな丘疹や結節を見つけたら自己判断せず、早めに針生検(FNA)を受ける
- 皮膚型でも一定数は内臓への転移が疑われるため、腹部超音波検査などの確認が重要
- 猫では統一的なグレード分類やマージン基準が犬ほど確立されておらず、症例ごとの評価がより重要になる
- 切除が難しい場合でも、抗がん剤や分子標的薬の適応外使用、症状を和らげるお薬など治療の選択肢がある

日本大学卒業、獣医師免許取得。関東の動物病院で15年以上にわたり小動物医療に従事し、犬猫を中心にうさぎ・フェレット・モルモット・ハムスター・ハリネズミなど幅広い動物種の診療を行っている。また、診療業務を行う傍ら、行政書士の資格を取得し個人事務所を開業。主にペット関連の法務を扱っており、人と動物が幸せに暮らすためのサポートを行っている。
参考文献
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- Litster AL, Sorenmo KU. Characterisation of the signalment, clinical and survival characteristics of 41 cats with mast cell neoplasia. J Feline Med Surg. 2006.
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- Sabattini S, Bettini G. Prognostic value of histologic and immunohistochemical features in feline cutaneous mast cell tumors. Vet Pathol. 2010.
- Sabattini S, Bettini G. Grading cutaneous mast cell tumors in cats. Vet Pathol. 2019.
- Henry C, Herrera C. Mast cell tumors in cats: clinical update and possible new treatment avenues. J Feline Med Surg. 2013.
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- Veterinary Society of Surgical Oncology (VSSO). Splenic MCT ― Feline. https://vsso.org/splenic-mct
- ゾエティス・ジャパン株式会社. パラディア錠 添付文書・製品情報. https://www.zoetis.jp/
- 農林水産省動物医薬品検査所. 動物用医薬品等データベース. https://www.maff.go.jp/nval/index.html
