犬のてんかん~正しい知識とケアで支える、慢性疾患との向き合い方~【獣医師執筆】

愛犬が突然倒れ、手足をバタつかせる「てんかん発作」。
何の予兆もなく起こる場合が多いため、飼い主さんは発作を起こしている愛犬の姿に驚き、大きなショックを受けることも少なくありません。
しかし、てんかんは適切な知識と治療があればコントロールできるケースも多い慢性疾患です。

このコラムでは、てんかんの正しい知識から最新の治療薬、そしてご自宅で愛犬を支えるための具体的なケア方法までを分かりやすく解説します。


てんかん(Epilepsy)とは、「24時間以上あけて、少なくとも2回以上の原因不明の発作が生じる病態」と定義されています。

つまり、一度きりの発作ではてんかんとは診断されません。発作は、脳の神経細胞が一時的に異常な電気信号を放出し、過剰に興奮することによって引き起こされます。

ここで大切なのは、「てんかん発作」と「反応性発作」を区別することです。

・反応性発作(非てんかん)
低血糖や肝臓の病気、中毒など、脳以外の全身的な病気が原因で起こる一時的な発作です。原因となっている病気を治療することで発作が起きなくなります。

・てんかん
全身性の病気が除外され、脳自体に原因がある、あるいは原因不明の発作ことをいいます。

てんかんはその原因によって、遺伝的な体質の可能性か、脳の疾患かの二つに分類されます。

分類説明犬での割合(目安)主な原因
特発性てんかん(IT)脳に明らかな異常や病変が見つからないタイプ。多くは遺伝的な体質が関わると考えられている。約69%(約7割)遺伝的素因、神経細胞の機能的なバランスの崩れ
構造性てんかん(ST)脳腫瘍、脳炎、外傷、脳血管障害など、脳に器質的な病変(異常な構造)があるタイプ。約31%(約3割)脳炎、脳腫瘍、脳の奇形、外傷など

【年齢と原因の目安】
てんかんの初発年齢は、原因を探るための重要な手がかりです。

  • 若齢(5歳未満)で初発:特発性てんかん(IT)の可能性が高い。
  • 高齢(5歳以降)で初発:脳腫瘍や脳炎など、構造性てんかん(ST)の可能性が非常に高くなる。

てんかんの診断は、実際の発作が起きている場面を獣医師が直接見る機会は少ないため、飼い主さんからの情報と精密検査によって進められます。

まず、発作の頻度、持続時間、発作時の様子などを詳しく獣医師に伝えます。
最も重要なのは、発作時の様子をスマートフォンなどで動画撮影しておくことです。
真のてんかん発作であるか、どのような発作型であるかを正確に判断する大きな手掛かりとなります。

また、発作が起きていない間欠期に神経学的検査を行います。
もしこの検査で異常があれば、脳に病変がある構造性てんかん(ST)の可能性が高まります。特発性てんかん(IT)の場合、間欠期は正常で異常所見が認められません。

てんかんと診断する前に、低血糖や肝臓病などの全身性の病気(反応性発作の原因)を除外する必要があります。このため、血液検査や尿検査などの基本的なスクリーニング検査が必須となります。

全身性の病気が除外されたら、特発性か構造性かを鑑別します。

・MRI検査:脳の腫瘍、炎症、出血などの器質的病変がないかを確認するために行われます。このMRIで異常が見つからなければ、臨床的に「特発性てんかん」と診断されます。

・脳波検査(EEG):動物への負担が少なく、抗てんかん薬で脳の異常興奮がしっかり抑えられているかなどを判断します。治療効果を客観的に評価する上で有用です。


抗てんかん薬(AEDs)による治療は、発作を抑えることだけでなく、『発作が繰り返されることで脳に生じる不可逆的なダメージを防ぐこと』が最大の目的です。

発作が軽度で間隔が2ヶ月以上あいている場合は治療を見送ることもありますが、以下のいずれかの条件を満たす場合は、速やかに治療を開始する必要があります。

  1. 発作間隔が2ヶ月を切る場合(頻繁な発作)
  2. 群発発作(24時間以内に複数回発作)を繰り返す場合
  3. 重積発作(5分以上発作が続く、または発作の間に意識が戻らない状態)を繰り返す場合

てんかん治療の理想的な目標は「発作の完全抑制」ですが、現実的には、発作の頻度、重症度、持続時間を減らし、副作用を最小限に抑えることで愛犬のQOL(生活の質)を維持することを目指します。


てんかん治療の基本は、発作を抑えるための抗てんかん薬(AEDs)による内科療法です。
抗てんかん薬の役割は、脳の異常な興奮を落ち着かせ、発作の頻度や重症度を下げ、発作が繰り返されることによる脳のダメージを防ぐという重要な目的があります。

現在、犬のてんかん治療で主に使用される薬剤には、主に以下の種類があります。

薬剤名選択の目安主な作用(興奮を抑える仕組み)
ゾニサミド (ZNS)第一選択薬
併用薬
神経細胞の異常興奮を抑える(Na+チャネル抑制など)。
フェノバルビタール (PB)昔からある第一選択薬抑制性の神経伝達物質(GABA)の働きを強める。高用量では肝障害のリスクがある。
イメピトイン(IMP)獣医療で最も新しいAEDs
(2025年現在)
抑制性の神経伝達物質(GABA)の働きを強める。神経細胞の異常興奮を抑える働きもある。近年日本でも発売され、副作用が比較的少ない薬として注目されている。
臭化カリウム (KBr)第二選択薬
併用薬
神経細胞の膜を安定化させる。
効果の発現・安定に時間がかかる。
レベチラセタム (LEV)救急薬
併用薬
興奮物質の放出を抑える(SV2A結合)。
1日3回の投薬が必要。

どの薬を選ぶかは、愛犬の状況によって異なります。薬の選択は薬効だけでなく、副作用の特性、投与のしやすさ、愛犬の健康状態を総合的に判断して行われます。

・愛犬の健康状態:特に肝臓や腎臓に基礎疾患がある場合、薬ごとにその代謝や排泄経路が異なるため、特定の薬剤(例:肝臓に負担がかかりやすいフェノバルビタール)は避けて、より負担の少ない薬剤を選択することがあります。

・副作用を考慮:薬によって、沈静、多飲多尿、食欲不振など、現れやすい副作用が異なります。愛犬の性格や生活環境を考慮し、なるべく負担なくQOL(生活の質)を維持できる薬を選びます。

・投与の頻度:薬の種類により、1日1~3回程度の投薬が必要になります。お仕事の都合で、日中の投薬が難しいなどのケースも少なくありません。飼い主さんが確実に、決まった時間に投薬できるかどうかも重要な判断基準です。

ゾニサミドは、現在、犬の特発性てんかんの治療において、フェノバルビタールと並ぶ主要な第一選択肢の一つとして推奨されています。

ゾニサミドの有用性

・広域スペクトラム
幅広いタイプの発作に有効です。

・肝臓への配慮
従来の標準薬であるフェノバルビタールと比較して、肝臓の酵素を誘導する作用が少なく、肝臓への負担が少ないことが大きなメリットです。既存の肝機能に不安がある犬や、フェノバルビタールによる重度の副作用が懸念される場合に特に優先されます。

・投与のしやすさ
比較的作用時間が長く、1日2回の投与で安定した血中濃度を保てるため、飼い主さんにとっても負担が少なく、投薬コンプライアンス(規則正しい投薬)を維持しやすいです。

・注意点
一般的な副作用は軽度な沈静や食欲不振などですが、長期投与では稀に腎結石のリスクが指摘されています。定期的な血液・尿検査によるモニタリングは他の薬と同様に必要となります。

抗てんかん薬の治療では、定期的な「薬の血中濃度のモニタリング」が非常に重要です。
薬の効き目には個体差があるため、この検査によって「効きすぎ(副作用が頻発)でもなく、効かなすぎ(発作が再発)もしない」最適な投薬量を見つけ出し、長期的に調整していく必要があります。


てんかんは動物病院での治療だけでなく、ご自宅での日々のケアが発作コントロールの重要なカギとなります。

ご自宅でのケアで重要なのは、発作日誌の記録をつけることです。
日誌は、獣医師が薬の用量調整を行うための大切な客観的データとなります。

記録すべき内容

  • 発作が発生した日時と時間帯
  • 発作の持続時間
  • 発作型(全身の痙攣、顔面だけの引きつりなど)
  • 発作前後の愛犬の行動(いつもと違う行動、沈静など)
  • いつもと違う重篤な発作が起きた場合の詳細

発作は突然起こりますが、飼い主さんは決してパニックにならず、冷静に対応することが最も重要です。発作中に慌てて抱きかかえたりすると、かえって危険な場合もあるため注意が必要です。

発作時には、以下のような対処がおすすめです。

ポイント具体的な対処方法
安全の確保発作中の犬が怪我をしないよう、周囲の危険物から遠ざけます。口の中に手を入れるのは噛まれる危険があるため厳禁です。
動画撮影可能であれば、発作の様子を動画で記録します。
注意深く見守る体を揺さぶったりせず、発作が終わるのを待ちます。呼吸が止まったり、チアノーゼを起こしていないかなどもチェックしましょう。

以下の状態では、脳に大きなダメージを与えるリスクが高いため、速やかに動物病院に連絡して指示を受けましょう。

  • 発作が5分以上継続している場合(重積発作)
  • 24時間以内に複数回、発作を繰り返している場合(群発発作)
  • 発作中あるいは発作後に呼吸が確認できない場合

てんかんの治療は長期にわたりますが、病態を正しく理解し、定期的な通院と日々のケアを続けることで、発作の頻度を抑えてあげることが可能です。
かかりつけの動物病院でよく相談し、愛犬が穏やかな毎日を送れるように支えていきましょう。

この記事のまとめは、以下のとおりです。

  • てんかんは24時間以上あけて2回以上の原因不明の発作が生じる病態
  • 特発性てんかん(約7割)と構造性てんかん(約3割)に分類される
  • 発作時の動画撮影が診断に非常に有効
  • 治療は抗てんかん薬(AEDs)による内科療法が基本
  • ゾニサミドは肝臓への負担が少ない第一選択薬の一つ
  • 自宅での発作日誌の記録が治療効果の判断に重要
  • 発作が5分以上続く、または24時間以内に複数回起こる場合は緊急受診が必要

犬のてんかんは適切な知識と治療でコントロールできる慢性疾患です。

愛犬の発作に不安を感じたら、まずはかかりつけの動物病院を受診し、獣医師と相談しながら最適な治療方針を決めていきましょう。日々の観察と記録、そして適切な投薬管理が、愛犬の穏やかな生活を支える大きな力となります。

動物用医薬品に関するご不明点やご相談がある場合は、動物のお薬の専門店『ねこあざらし薬店』の薬剤師にお気軽にお問い合わせください。