犬の副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)~見逃しやすい症状と治療薬について~【獣医師執筆】

「最近、水をよく飲むようになった」「お腹がぽっこり膨らんできた」「毛が抜けて薄くなってきた気がする」──愛犬のそんな変化に気づいたとき、病気が隠れているかもしれません。
クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)は、中高齢の犬に比較的よく見られるホルモンの病気ですが、症状が「老化のせいかな」と見逃されやすく、飼い主さんが異常に気付いて病院を受診するまでに、病状が進行してしまっているケースも少なくありません。今回は、クッシング症候群の基本の診断・よくみられる症状・基本となる治療薬について解説します。


副腎は腎臓のすぐ近くにあります。犬ではわずか数mm程度の厚さの小さな臓器で、生体にとって欠かせない複数のホルモンを分泌しています。その中でも特に重要なのが「コルチゾール(糖質コルチコイド)」です。

コルチゾールはストレスホルモンとも呼ばれ、血糖値の調整・炎症の抑制・免疫のコントロール・脂質やタンパク質の代謝など、非常に広範な働きを担っています。病院でよく使われるステロイド系消炎薬(プレドニゾロンなど)は、このコルチゾールをもとに作られた薬です。

コルチゾールの分泌量は、脳と副腎の間の精密なフィードバック回路「HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)」によって厳密に制御されています。

  • 視床下部がCRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)を分泌
  • CRHを受けた下垂体がACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を分泌
  • ACTHが副腎に届き、コルチゾールが合成・分泌される
  • 血中コルチゾールが増えると視床下部・下垂体へのフィードバックで分泌にブレーキがかかる

この制御機構のどこかに異常が生じてブレーキが効かなくなると、コルチゾールが過剰に出続ける状態を引き起こします。この過剰なホルモンが、体内のあらゆるところで悪影響を及ぼすのがクッシング症候群です。

コルチゾール過剰の原因は大きく3つに分類され、タイプによって好発犬種・治療方針が大きく異なります。
自然発生型の発症は8〜11歳前後が中心で、5歳以上からリスクが高まります。

タイプ 原因・割合・特徴 好発犬種・体型
下垂体性(PDH) 脳の下垂体に腫瘍ができACTHが過剰分泌され、副腎を慢性的に刺激し続ける。全体の約80〜85%を占める最多タイプ。基本的に両側副腎が肥大する。 小型犬に多い。プードル、ミニチュア・ダックスフンド、ヨークシャーテリア、ボクサー・ボストンテリアなど。
副腎腫瘍性(AT) 副腎が腫瘍(良性・悪性)化し自律的にコルチゾールを過剰分泌。全体の約15〜20%。悪性(腺がん)が約50%を占め転移リスクあり。 特定犬種の好発傾向は確認されていないが、中大型犬に多い傾向。小型犬での発症も珍しくはない。
医原性クッシング ステロイド薬の長期・過剰投与により、外部からコルチゾール相当のホルモンが供給され続けた結果生じる。自然発生とは本質的に別の病態で、原因薬の漸減により改善する。 長期的にステロイドの投与を受けている犬全般が対象。

クッシング症候群は症状がゆっくり進行するうえ、老化として見逃されやすいのが特徴です。
以下のサインを一つでも感じたら、念のため獣医師に相談してみましょう。

症状 メカニズム
多飲・多尿(飲水量が増える・尿が増える) コルチゾール過剰が抗利尿ホルモン(ADH)の分泌・作用を阻害することで腎臓が水を再吸収できなくなり、尿が大量に出る。それを補うため飲水量も増加する。体重1kgあたり1日100ml以上の飲水量(例:5kgの犬で500ml/日超)が続く場合は要注意。
多食 メカニズムは完全には解明されていないが、コルチゾールが中枢神経系の食欲調節に影響を与えると考えられている。
腹部膨満(お腹がポッコリ) 腹腔内脂肪の蓄積に加え、コルチゾールによる腹筋の萎縮が重なり、たれ腹状になる。体重の割にお腹だけ目立って大きくなる。
左右対称の脱毛・皮膚症状 コルチゾールが皮膚組織を萎縮させることで、尾の付け根・背中・脇腹などに左右対称の脱毛や皮膚石灰化などが生じる。
筋力低下・運動不耐性 筋肉が萎縮し、特に体幹部が弱る。散歩を嫌がる・疲れやすくなる。
息切れ・呼吸が浅い 腹部膨満による横隔膜の圧迫で呼吸が苦しくなるほか、筋力低下で体力も落ちているため疲れやすい。
皮膚が薄くなる・毛細血管が透けて見える コルチゾールが皮膚コラーゲンを破壊し続けることで皮膚が非常に脆くなる。傷つきやすく感染しやすい状態になり細菌性皮膚炎をおこしやすくなる場合がある。

クッシング症候群を治療せずにいると、糖尿病・高血圧・肺血栓塞栓症(突然の呼吸困難)・細菌性膀胱炎や皮膚感染症・骨粗鬆症・皮膚や組織への石灰沈着、さらに下垂体腫瘍が大きくなった場合には眼振・旋回・痙攣などの神経症状が現れることがあります。


外見上の皮膚や被毛の状態、飲水量などの情報からクッシング症候群を疑う場合には、まず血液検査・尿検査・超音波検査を行います。クッシング症候群に特徴的な異常として、以下のものが挙げられます。

  • ALT・ALP(肝酵素)の著明な上昇(特にALP)
  • コレステロール・中性脂肪の高値
  • 好酸球の減少、リンパ球の減少(ストレス白血球像)
  • 尿比重の低下(希薄な尿)、尿タンパク陽性
  • 超音波検査で副腎の大きさチェック(大きさが正常でも完全否定はできない)

クッシング症候群の確定診断にはホルモン機能検査が必要です。主に以下の検査が行われます。

検査名 方法・内容 特徴・注意点
低用量デキサメサゾン抑制試験(LDDST) デキサメサゾンを投与し、8時間後のコルチゾールを測定。正常なら抑制されるが、クッシングでは抑制されない。 感度が高く、副腎腫瘍性との鑑別にも役立つ。ただし非副腎疾患やストレスで偽陽性が出やすい点に注意。
ACTH刺激試験 最もよく行われる検査。合成ACTHを投与し、投与前後のコルチゾールを測定。クッシングでは過剰反応を示す。 治療モニタリングにも使用。医原性クッシングの鑑別にも重要。
尿中コルチゾール/クレアチニン比(UCC) 尿中のコルチゾールとクレアチニンの比率を計測。 採尿が自宅でも可能。スクリーニングに有用。

超音波検査(エコー)で両側の副腎の大きさ・形態を確認します。
下垂体性では両側副腎が対称的に肥大し、副腎腫瘍性では腫瘍側が肥大する一方、対側の副腎はACTH低下により萎縮・小型化する場合が多いです。この左右差がタイプ鑑別の重要な手がかりになります。
MRI/CTは下垂体腫瘍の存在確認や、副腎腫瘍の転移・浸潤評価に用いられる場合があります。


クッシング症候群の治療の目的は「コルチゾールの過剰分泌を抑制し、症状を改善してQOL(生活の質)を保つこと」です。タイプによって方針が異なりますが、内科的治療(薬剤治療)が中心となります。

下垂体性・副腎腫瘍性のどちらにも、コルチゾールの合成や分泌を抑制する薬剤を用います。
詳しくは次章で解説します。治療は基本的に終生継続となります。

副腎腫瘍性で良性かつ切除可能な場合、外科的切除が根治につながる可能性があります。
一方、下垂体性では下垂体腫瘍の摘出術や放射線治療が根本的な治療ですが、実施できる施設は限られており、治療リスクもあるため内科治療を行うことがほとんどです。

ステロイド薬の長期使用が原因のため、獣医師の指示のもとで少しずつ減量します。
突然の中止は「副腎クリーゼ」(急性のショック症状)を引き起こす危険があるため、自己判断でやめてはいけません。


クッシング症候群の内科治療薬は、作用機序がそれぞれ大きく異なります。いずれも獣医師の処方・指示のもとで使用し、定期的なモニタリングが必須です。

項目 内容
作用機序 副腎でコルチゾールを合成する酵素(3β-HSD)を選択的に阻害し、産生を抑制する。副腎を破壊せず「合成を抑える」可逆的なアプローチを行うため、ミトタンよりも安全性が高く第一選択薬として用いられる。
効果 投与開始から数日〜2週間で多飲多尿・食欲の改善が始まることが多い。脱毛の改善には数か月を要する場合もある。
注意点・副作用 過剰投与による副腎壊死・副腎クリーゼ(嘔吐・虚脱・元気消失)が最大リスク。電解質バランスや肝酵素への影響も定期的に確認する。
モニタリング 投与開始後10〜14日目にACTH刺激試験でコルチゾールを確認し用量調整。以降は1〜3か月ごとに継続する。検査頻度は犬の状態で個別に判断する。
項目 内容
作用機序 副腎皮質細胞を選択的に壊死・萎縮させコルチゾール産生能力そのものを低下させる。「副腎を壊す」ため過剰投与に十分な注意が必要。
効果 導入が成功すると長期寛解が得られる症例もある。
注意点・副作用 副腎クリーゼ・アジソン病への移行リスクもあり、嘔吐・下痢・虚脱が出たら即中止+緊急受診が必要。
現在の位置づけ トリロスタンが普及した現在、使用頻度は減少していますが、トリロスタンが無効な症例や重症例、また入手困難な状況などにおいては、今なお重要な選択肢となる場合があります。なお、本剤は国内において人間用医薬品としてのみ承認されており、動物用医薬品としての承認は受けていません。獣医師が必要に応じて適応外使用することがあります。

クッシング症候群に対する有効性が明確に確認されたサプリメントはありません。
以下は理論的根拠や他疾患でのエビデンスを類推して使われているものです。薬剤治療の代替にはならない点を踏まえたうえ、獣医師の指導の下で適切に使用しましょう。

成分 使用される理由・根拠の現状 製品例
シリマリン(ミルクシスル)・SAMe・タウリン 犬の慢性肝疾患への肝保護作用は獣医学的に認知されており臨床現場でも広く使われている。コルチゾール過剰やトリロスタン投与が肝臓に負担をかけるという理論的背景から補助的に用いられることがある。 リバガード、ヘパアクト
オメガ3脂肪酸(EPA・DHA) 犬の関節炎・皮膚炎・高脂血症への抗炎症効果は複数の研究で示されている。クッシングに伴う高脂血症・皮膚症状・心血管リスクへの補助として使われることがあるが、クッシング特異的なエビデンスはない。 ANSET(アンセット)、モエギタブ

  • 多飲多尿・腹部膨満・脱毛・多食など、「老化と思いがちな症状」に注意する
  • 確定診断には血液検査・尿検査・ホルモン機能検査・画像検査の組み合わせが必要
  • 副腎クリーゼ(嘔吐・元気消失・虚脱)が出たら即投薬中止・緊急受診
  • 定期的なホルモン検査・血液検査・尿検査で継続的にモニタリングする

動物用医薬品に関するご不明点やご相談がある場合は、動物のお薬の専門店「ねこあざらし薬店」にお気軽にお問い合わせください。

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