愛犬の皮膚が赤くなり、強いかゆみと独特の臭いが続く「マラセチア性皮膚炎」。
慢性的な症状は愛犬のQOL(生活の質)を著しく低下させ、飼い主さんも心を痛めることが少なくありません。
しかし、マラセチア性皮膚炎は適切な知識と治療、そして日々のケアで症状をコントロールできる疾患です。
このコラムでは、マラセチア性皮膚炎の正しい知識から最新の治療法、そしてご自宅で愛犬を支えるための具体的なケア方法までを分かりやすく解説します。
第1章:マラセチアとは?~病原性と炎症のメカニズム~

マラセチア性皮膚炎の定義
マラセチア性皮膚炎は、酵母(カビ)の一種であるマラセチア・パチデルマティス(Malassezia pachydermatis)という皮膚常在菌が異常増殖することで起こる皮膚疾患です。
この疾患は犬の皮膚科診療で最も頻繁に遭遇する疾患の一つであり、症状を抑えるだけでなく、「なぜ菌が増えたのか」という根本原因を特定し、長期的に管理することが再発予防の鍵となります。
マラセチアの生物学的特性と好発部位
マラセチアは、犬の皮膚から分泌される皮脂(脂質)を必須の栄養源とする脂質依存性(リポフィルス)という性質を持ちます。
そのため、皮脂腺が豊富で湿度が高くなりやすい部位、特に皮膚と皮膚が重なる間擦部や耳の内部で活発に増殖します。
| 好発部位(高湿度・高皮脂エリア) | 誘発される症状 |
| 間擦部(脇、股、指間、顔の皺、尾の付け根) | 紅斑や苔癬化、悪臭が発生 皮膚表面の脂っぽいベタつき |
| 外耳道・耳介 | 左右対称性の外耳炎 ベタベタしたワックス状の耳垢を形成 |
炎症と掻痒(かゆみ)のメカニズム
異常増殖したマラセチアは、皮脂を分解する際に酵素(リパーゼ)や代謝産物を大量に産生します。これらの物質が皮膚細胞を刺激し、炎症を引き起こします。
また、マラセチアの細胞壁成分がアレルゲン(抗原)として認識されることで、過敏症(アレルギー)を併発することがあります。これにより、掻痒が劇的に悪化し、単なる殺菌だけではコントロールが難しくなります。
第2章:基礎疾患と好発犬種~遺伝的素因を理解する~

マラセチア性皮膚炎のリスクを高める基礎疾患は、主に皮膚のバリア機能の破綻や皮脂の過剰分泌を引き起こします。
特にウエストハイランド・ホワイト・テリアやシー・ズーは、犬アトピー性皮膚炎(CAD)と脂漏症の両方の好発品種であり、遺伝的素因が深く関与しています。これらの犬種を治療する際は、生涯にわたる基礎疾患の管理が必要となる場合も少なくありません。
| 基礎疾患の種類 | 好発犬種(遺伝的素因) | マラセチア増殖への影響 |
| 犬アトピー性皮膚炎 (CAD) | ウエストハイランド・ホワイト・テリア、シー・ズー、ゴールデン・レトリバー、チワワなど | 慢性炎症による皮膚バリア機能の低下と微小環境の悪化 |
| 原発性脂漏症 | ウエストハイランド・ホワイト・テリア、シー・ズー、アメリカン・コッカー・スパニエル、ミニチュア・シュナウザー | 皮脂の過剰分泌(マラセチアの栄養源)が強力に増大 |
| 解剖学的要因 | ブルドッグ(しわが多い短頭種)、垂れ耳の犬種 | 皮膚が蒸れやすく、高湿度環境を形成する |
第3章:臨床症状と診断方法

診断は、実際の臨床症状(紅斑、脂漏、悪臭など)と皮膚の細胞診(テープによる押捺法)によって行います。
細胞診では「雪だるま型」のマラセチアが多数認められます。菌数が少ないにもかかわらず、かゆみが非常に強い場合は、マラセチアに対する過敏症(アレルギー反応)が起きている可能性があります。この場合は殺菌だけでなく、マラセチアに対する過敏症をコントロールするための複雑な管理が必要となります。
第4章:治療方法~全身療法・外用療法・掻痒管理の組み合わせ~

マラセチア性皮膚炎の治療では、「菌の抑制(殺菌)」、「炎症と掻痒の緩和」、「基礎疾患のコントロール」の3つが重要なポイントです。
主には、外用療法(シャンプーや塗布薬など)と経口薬による全身療法があります。
1. 外用療法:微生物と炎症物質の物理的除去
シャンプー療法は、皮膚表面のマラセチアを物理的に洗い流すことで微生物負荷を迅速に軽減し、マラセチアが産生した炎症物質や皮脂を除去するため最も不可欠な治療です。
目安は週に1~2回で、症状に合わせて行っていきます。
| 治療薬 | 製品例と主な成分 | 成分の作用機序と効果 |
| 薬用シャンプー | ・マラセブ ・マラセブ ライト ・マラセキュア (ミコナゾール硝酸塩2% / クロルヘキシジングルコン酸塩2%) | ミコナゾール(抗真菌):マラセチアの細胞膜必須成分であるエルゴステロールの合成を阻害し殺菌作用を発揮する クロルヘキシジン(殺菌):細菌やマラセチアの細胞膜に障害を与え、広範囲の抗菌・抗真菌作用をする |
| 外用抗真菌薬 | ・ケトコナゾールクリーム ・ミコナゾールクリーム | アゾール系クリームは、患部に直接塗布することでエルゴステロールの合成を阻害し、マラセチアを殺菌・抑制する |
2. 全身療法と掻痒(かゆみ)管理
広範囲の病変、重度な感染、あるいは外用療法の実施が困難な場合には、経口薬が選択されるケースもあります。治療初期の症状が重度な時期に使用し、その後はなるべく外用療法のみで維持できるようにするのが目標です。
| 治療目的 | 薬剤の種類 | 作用機序と注意点 |
| 抗真菌薬 | ・イトラコナゾール ・フルコナゾール ・ケトコナゾール | アゾール系経口抗真菌薬。全身作用で真菌を抑制する。長期投与で肝障害の副作用リスクがあるため定期的な血液検査が推奨される。 |
| 掻痒・炎症の緩和 | ・JAK阻害薬 (アポキル錠 / オクラシチニブ) | アレルギーの掻痒と炎症を惹起するサイトカイン(特にIL-31)のシグナル伝達経路であるヤヌスキナーゼ(JAK)を選択的に阻害し、痒みサイクルを早期に断ち切る。 |
| 掻痒・炎症の緩和 | ・グルココルチコイド (ステロイド) | 炎症性サイトカインや炎症メディエーターの産生を抑制し、免疫反応を調整することで強い抗炎症・止痒作用がある。肝障害や易感染などの副作用リスクのため、症状に応じて用量・期間を調整する。 |
| 掻痒・炎症の緩和 | ・抗体製剤 (サイトポイント / ロキベトマブ) | IL-31を直接的に中和し、長期的な掻痒をコントロールする。 |
【JAK阻害薬(アポキル錠/オクラシチニブ)について】
アポキル(オクラシチニブ)は、副作用リスクがステロイドに比べて低く、マラセチア性皮膚炎での掻痒に対してもよく使用されています。投与後4時間以内に速やかに効果を発現するなど、ステロイドに匹敵する即効性が大きな特長です。長期投与を行う際は、年に数回の血液検査を実施し、副作用(白血球減少など)をチェックすることが推奨されます。
3. 基礎疾患のコントロール(生涯管理の必須要素)
マラセチア性皮膚炎は、根本原因となる基礎疾患を治療戦略の中心に据える必要があります。
| 基礎疾患 | 疾患の管理方法 |
| 犬アトピー性皮膚炎 (CAD) | アレルギー治療薬(JAK阻害薬、抗体製剤、シクロスポリンなど)による長期的な炎症管理。食物アレルギーの除外のための除去食試験の実施。 |
| 脂漏症 | 遺伝的または代謝異常による皮脂の過剰分泌を管理するため、食事療法、サプリメント(必須脂肪酸)、角質溶解作用のあるシャンプー(硫黄、サリチル酸など)によるスキンケアの実施。 |
| 内分泌疾患 (甲状腺機能低下症、副腎皮質機能亢進症など) | 治療方法は疾患により異なるため、まず全身の精査(血液検査・超音波検査など)により確定診断を行う。マラセチア性皮膚炎の治療とともに疾患の治療を並行して行い、全身状態を正常化させる。 |
まとめ

マラセチア性皮膚炎の治療は長期にわたりますが、病態を正しく理解し、定期的な通院と日々のケアを続けることで、症状をコントロールすることが可能です。
かかりつけの動物病院でよく相談し、愛犬が快適な毎日を送れるように支えていきましょう。
この記事のまとめは、以下のとおりです。
- マラセチアは皮脂を栄養源とする皮膚常在菌で、異常増殖すると皮膚炎を引き起こす
- 脇、股、指間、耳などの湿った部位で増殖しやすい
- シャンプー療法が最も重要な治療で、週1~2回が目安
- 犬アトピー性皮膚炎や脂漏症などの基礎疾患のコントロールが再発予防の鍵
- 定期的なスキンケアと衛生的な生活環境の管理が重要
マラセチア性皮膚炎は再発しやすい慢性疾患ですが、適切な治療と日常的なケアで症状をコントロールすることが可能です。
愛犬の皮膚トラブルに気づいたら、まずはかかりつけの動物病院を受診し、獣医師と相談しながら最適な治療方針を決めていきましょう。定期的なシャンプーや生活環境の管理など、日々のホームケアが愛犬の快適な生活を支える大きな力となります。
動物用医薬品に関するご不明点やご相談がある場合は、動物のお薬の専門店『ねこあざらし薬店』の薬剤師にお気軽にお問い合わせください。

日本大学卒業、獣医師免許取得。関東の動物病院で15年以上にわたり小動物医療に従事し、犬猫を中心にうさぎ・フェレット・モルモット・ハムスター・ハリネズミなど幅広い動物種の診療を行っている。また、診療業務を行う傍ら、行政書士の資格を取得し個人事務所を開業。主にペット関連の法務を扱っており、人と動物が幸せに暮らすためのサポートを行っている。
