「食欲旺盛なのに体重が減る」、「夜中に鳴き止まず、落ち着きがない」これらの症状は高齢猫に最も多く見られる、甲状腺機能亢進症という病気のサインかもしれません。
甲状腺機能亢進症は進行性の疾患ですが、適切な知識と治療によってコントロールできる慢性疾患です。
このコラムでは、病気のメカニズムと愛猫の生活の質(QOL)を最大限に高めるための治療の基本を分かりやすく解説します。
第1章:甲状腺機能亢進症の病態と原因~なぜ甲状腺が暴走するのか~

甲状腺機能亢進症はどんな病気?
この疾患は、喉元にある甲状腺から「甲状腺ホルモン(T4)」というホルモンが過剰に分泌されることによって起こります。
このホルモンは、身体の代謝(エネルギー消費)をコントロールするアクセルのようなもので、過剰になると全身の臓器が異常に活発になり、心臓、腎臓、消化器などの全ての臓器が疲弊してしまいます。
8歳以上の高齢猫に多く、初期の症状は加齢による変化と見過ごされがちです。
しかし、早期に診断し治療を開始することが、心臓や腎臓への不可逆的なダメージを防ぐために極めて重要です。
主要な原因
甲状腺機能亢進症の原因の大部分は、甲状腺組織における良性の増殖、すなわち機能性甲状腺腺腫または腺腫様過形成に起因します。
| 分類 | 詳細 | 発生割合 |
| 機能性甲状腺腺腫/過形成 | 甲状腺組織の中にできる良性腫瘍によるもの。腫瘍化した甲状腺が自律的にホルモンを過剰に作り出す。 | 約98%以上 |
| 腺癌 | 悪性の甲状腺腺癌(がん)によるもの。稀にみられる。 | 約1〜2% |
第2章:よくみられる症状~早期発見のためのチェックポイント~

飼い主様が気づく愛猫の初期の変化には、以下のようなものがあります。
①食べているのに痩せる、吐き戻しが増えた
この病気の最も典型的なサインです。
食欲が非常に旺盛であるにもかかわらず、代謝率の異常な亢進により、体重が急激に減少していきます。
②落ち着きがなくなった
以前に比べて活動性が増す、落ち着きがない、夜鳴きが増えるといった神経質な行動が目立つようになります。
③飲水量と尿量の増加
腎臓への血流増加や、ホルモン自体の作用により、水を飲む量と尿の量が増加します。
④毛並みの変化
毛艶が悪化したり、部分的な脱毛が見られたりすることもあります。
⑤その他:医学的な見地からの臨床症状
心臓への過剰な負担による潜在的な心臓病の悪化(肥大型心筋症の悪化)や、二次的な高血圧などが認められることがあります。
第3章:病気の診断方法

症状、身体所見、および血液中の甲状腺ホルモン濃度の測定を組み合わせて行われますが、基本として血液検査により確定診断します。
血清総T4(TT4)と遊離T4(fT4)の測定
最も大事な検査として甲状腺ホルモン(T4)の測定を行います。
T4には総T4(TT4)と遊離T4(fT4)があります。猫では主としてTT4を用い、補助的にfT4を用います。
甲状腺機能亢進症を強く疑う症状があるにもかかわらず、総T4(TT4)が正常高値である場合など、診断がグレーゾーンの際には、遊離T4(fT4)の検査値を用いることがあります。
fT4のほうが他の疾患の影響を受けにくいのですが、猫では偽高値になることがあるのでfT4単独では用いません。
TT4が高値であれば甲状腺機能亢進症と診断します。
確定的診断法:甲状腺シンチグラフィー
甲状腺シンチグラフィーは、放射性同位元素を用いて、甲状腺組織がホルモンを取り込む能力を画像化する特殊な検査です。
有用ですが国内で行える施設は非常に少なく、代用として触診による甲状腺の大きさのチェック、超音波検査での測定があります。
第4章:治療の選択~根本治療と抑制的治療~

治療方法は、根治を目的とする外科手術と、ホルモン値のコントロールを目的とする内服薬などの内科療法に分けられます。愛猫の性格や全身状態に応じて、最適な計画を立てていきます。
主な治療方法
| 治療法 | 作用機序 | 特徴 |
| 内服薬(チアマゾール錠) | T4合成を抑制する。 最も選択されている治療法。 | 症状に合わせて薬の量がコントロールしやすいが、毎日の投薬管理が必要。 |
| 塗布薬(外用チアマゾール製剤) | T4合成を抑制する。 一日一回、耳の内側に塗布する。 | 投薬困難な猫でも使用できるため、治療の新しい選択肢として注目されている。(日本では未承認) |
| 外科的切除 | 原因となる甲状腺部位の切除を行う。 | 根治が見込めるが、手術に伴う一般的なリスクがあり、取り切れないと再発する場合もある。 |
| 食事療法(ヨウ素制限食) | 食事中のヨウ素摂取を強く制限する。 | 排他的給餌の徹底が必須。他の食物を摂取させると効果が期待できない。 |
第5章:注意!腎機能と甲状腺ホルモンのバランス

甲状腺機能亢進症の治療において、最も注意すべきなのが「腎臓機能低下」の併発の有無です。
甲状腺ホルモンが隠す「腎機能低下」の存在
甲状腺ホルモンが過剰な状態は、腎臓の血流を一時的に増加させることで、隠れていた慢性腎臓病の兆候を覆い隠してしまっている可能性があります。
ホルモン値を正常化する治療を行うと、慢性腎臓病が急に悪化することがあるため注意が必要です。
慢性腎臓病併発猫のT4コントロール
T4を過度に抑制すると慢性腎臓病の進行を加速させる可能性があるため、腎臓保護の観点から、血清T4濃度を下げすぎないことも重要です。
腎機能の急速な悪化が認められる場合には、甲状腺機能亢進症の治療を中断する場合もあり、このバランスのコントロールに慎重な判断が求められます。
第6章:長期的な管理と予後

猫の甲状腺機能亢進症自体は適切な治療によってコントロール可能であり、T4正常化による予後は一般的に良好です。
しかし、予後を最終的に決定づけるのは、併発している重度の慢性腎臓病や心筋症の程度です。
甲状腺機能が安定した後も、少なくとも6か月ごとにホルモン値や腎数値などを血液検査、心臓精査による心筋症のチェックを行い、継続的にモニタリングすることが推奨されています。
まとめ
甲状腺機能亢進症は、早期発見と適切な治療により良好なコントロールが可能です。
愛猫の行動の変化を見逃さず、気になることがあれば早めに動物病院を受診しましょう。
この記事のまとめは、以下のとおりです。
- 猫の甲状腺機能亢進症は、高齢猫に多く見られる進行性の病気で、食欲旺盛なのに痩せていくのが特徴
- 診断は血液中の総T4(TT4)測定が基本ですが、他疾患との鑑別のための遊離T4(fT4)の解釈には慎重な判断を要する
- 治療方法には内服薬、塗布薬、外科的切除、食事療法があり、愛猫の状態に応じて選択する
- 腎臓病を併発している場合は、腎血流を保護するため、T4値の厳密な管理が推奨される
- 治療後も少なくとも6か月ごとの定期的なモニタリングが重要
猫の甲状腺機能亢進症は適切な知識と治療でコントロールできる慢性疾患です。
愛猫の症状に不安を感じたら、まずはかかりつけの動物病院を受診し、獣医師と相談しながら最適な治療方針を決めていきましょう。日々の観察と記録、そして適切な投薬管理が、愛猫の穏やかな生活を支える大きな力となります。
動物用医薬品に関するご不明点やご相談がある場合は、動物のお薬の専門店『ねこあざらし薬店』の薬剤師にお気軽にお問い合わせください。

日本大学卒業、獣医師免許取得。関東の動物病院で15年以上にわたり小動物医療に従事し、犬猫を中心にうさぎ・フェレット・モルモット・ハムスター・ハリネズミなど幅広い動物種の診療を行っている。また、診療業務を行う傍ら、行政書士の資格を取得し個人事務所を開業。主にペット関連の法務を扱っており、人と動物が幸せに暮らすためのサポートを行っている。
