膵臓は、胃の裏側で十二指腸に沿うように位置する臓器で、食べ物を分解する消化酵素を分泌する『外分泌腺』と、血糖値を調節するインスリンなどを分泌する『内分泌腺』という2つの役割を担っています。
犬の「膵炎(Pancreatitis)」は、この膵臓に炎症が起こる病気で、犬の膵外分泌疾患の中で最も多くみられます。
軽い嘔吐で済む場合もありますが、命にかかわるほど重症になるケースも珍しくありません。
今回は、膵炎のメカニズムや診断、治療薬・サプリメントの選択肢まで詳しく解説します。
第1章:膵炎とは?

■ 膵炎が起こるメカニズム
膵臓で作られる『トリプシン』などの消化酵素は、本来は不活性な『前駆体』の状態で分泌され、十二指腸に届いてから活性化されます。膵臓が自分自身を消化しないための安全装置です。
ところが、何らかのきっかけでこの消化酵素が膵臓の中で早期に活性化して働いてしまうと、酵素本来の強烈な消化力によって、自分自身の膵臓や周りの組織を溶かして傷つけてしまいます。
傷ついた膵組織からは炎症性サイトカインが放出され、好中球などの炎症細胞が集まってきます。
この炎症が全身に波及すると、全身性炎症反応症候群(SIRS)、播種性血管内凝固(DIC)、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、急性腎障害といった重篤な合併症を引き起こします。
重症膵炎で命を落とす犬の多くは、この全身性の炎症が原因とされています。
■ 急性膵炎と慢性膵炎
膵炎は、膵臓の組織にみられる変化によって「急性膵炎」と「慢性膵炎」に分類されます。
急性膵炎は好中球を主体とする炎症と、むくみ(浮腫)や組織の壊死が起こる状態で、治療によって膵臓は元の状態に戻る可能性があります。
一方、慢性膵炎はリンパ球や形質細胞の浸潤とともに、組織が硬くなる線維化や、消化酵素を作る細胞の萎縮が起こる状態で、この変化は元に戻らないとされています。
膵炎は、症状だけで急性と慢性を見分けることはできず、同じ膵臓に両方の変化が混在していることもあります。また、急性膵炎を繰り返すうちに慢性膵炎へ移行したと考えられるケースもみられます
■ リスク因子と好発犬種
犬の膵炎の多くは原因を特定できない、いわゆる「特発性」とされていますが、発症に関わるリスク因子が明らかになってきています。
| リスク因子 | 内容 |
|---|---|
| 食事 | 高脂肪食、人の食べ物(揚げ物・ケーキ等)の摂取など、犬では脂肪摂取過多が原因の一つとされている。 |
| 高脂血症 (高トリグリセリド血症) | 重要なリスク因子。ミニチュア・シュナウザーは原発性高脂血症の好発犬種。甲状腺機能低下症、副腎皮質機能亢進症、糖尿病に続発することもある。 |
| 肥満 | 肥満犬では膵炎のリスクが高く、重症化しやすいとする報告がある。 |
| 薬剤 | 臭化カリウム・フェノバルビタール(抗てんかん薬)、L-アスパラギナーゼ(抗がん剤)、アザチオプリンなどとの関連が報告されている。 |
| 犬種 | シュナウザーやヨークシャー・テリアなどのテリア系で多い。その他キャバリア、コリー、ボクサー、コッカー・スパニエルで多いと報告されている。 |
第2章:症状と重症度~気づきのポイント~

■ 急性膵炎と慢性膵炎でみられやすい経過
症状だけで急性と慢性を区別することはできませんが、一般的には次のような経過で気づかれることが多いとされています。
●急性膵炎:それまで元気だった犬に、嘔吐、食欲不振、腹痛、元気消失などの症状が急に現れます。軽症で済むこともあれば、数日のうちに急激に悪化して命に関わることもあります。
●慢性膵炎:食欲不振、ときどきの嘔吐、下痢、元気がないといった軽く漠然とした症状が、良くなったり悪くなったりしながら続くことが多く、症状がほとんどみられないこともあります。一方で、急性膵炎と区別のつかない激しい症状を起こすこともあります。
■ 主な症状と背景
特徴的なサインとして「祈りのポーズ」があります。(※上記画像参照)
前足を伸ばして胸を床につけ、お尻だけを高く上げた姿勢のことで、お腹の痛みを和らげようとする姿勢として知られています。
| 症状・所見 | 背景となるメカニズム |
|---|---|
| 繰り返す嘔吐・食欲不振 | 膵臓の炎症が隣接する胃・十二指腸に波及し、消化管の運動が低下する。 |
| 祈りのポーズ・お腹を触ると嫌がる・背中を丸める | 膵臓と周囲組織の炎症による腹痛。 |
| 下痢・軟便 | 炎症が周囲の消化管に波及することによる消化管の機能障害。 |
| 元気消失・発熱 | 炎症性サイトカインによる全身性の炎症反応。 |
| 白目や皮膚が黄色い(黄疸) | 膵臓の腫れや炎症によって胆管が圧迫され、胆汁の流れが妨げられる。 |
| ぐったりしている・呼吸が荒い・歯茎が白い | SIRS、DIC、ショックなどの重篤な全身性合併症。最重度のサインであり緊急性が高い。 |
■ 重症度の評価
| 重症度 | 状態の目安 |
|---|---|
| 軽症 | 元気・食欲の低下や軽度の嘔吐のみ。通院治療で管理できることもある。 |
| 中等症 | 繰り返す嘔吐、明らかな腹痛、脱水を伴い、入院下での輸液と疼痛管理が必要。 |
| 重症 | ショック、SIRS、DIC、急性腎障害、黄疸など膵臓以外の臓器障害を伴い、死亡率が高い。 |
■ 合併症
| 合併症 | どんな状態か |
|---|---|
| 全身性炎症反応症候群(SIRS) | 膵臓などで起きた炎症が、全身に広がってしまった状態。発熱や低体温、心拍数や呼吸数の増加などがみられ、進行すると多臓器不全になる場合がある。 |
| 播種性血管内凝固(DIC) | 全身の細い血管の中で血液が固まりやすくなり、小さな血の塊(血栓)が多数できる状態。血を固める成分が使い果たされるため、今度は逆に出血が止まりにくくなる。 |
| 急性呼吸窮迫症候群(ARDS) | 全身の炎症によって肺の血管から水分が漏れ出し、肺で酸素をうまく取り込めなくなり、致命的な呼吸困難の状態になる。 |
| 急性腎障害 | 脱水や血流の低下、炎症などによって、腎臓の働きが急激に低下した状態。尿が出にくくなったり、体内に有害な老廃物が蓄積する。 |
第3章:診断方法~膵臓の炎症をどう捉えるか~

膵炎の症状は胃腸炎や消化管内異物など多くの病気と共通しているため、臨床症状・血液検査・画像検査を総合して診断します。
■ 血液検査
●膵特異的リパーゼ(cPL):膵臓由来のリパーゼだけを特異的に測定する検査で、現在の膵炎診断の中心です。
●アミラーゼ:デンプンを分解する消化酵素で、古くから膵炎の指標として用いられてきました。しかし膵臓以外に小腸などからも分泌され、腎臓の働きが低下しても値が上がるなど、膵臓以外の影響を受けやすく、現在は診断的価値が低いとされています。
●リパーゼ活性:脂肪を分解する消化酵素の働き(活性)を測る検査です。従来の測定法では、胃など膵臓以外から分泌されるリパーゼも一緒に測ってしまい、腎臓の働きの低下やステロイド剤の投与でも値が上がるなど、膵臓以外の影響を受けやすく、現在は診断的価値が低いとされています。
その他の項目: CRP、肝酵素、腎数値、電解質、血糖値、凝固系、中性脂肪などを測定し、総合的に重症度や合併症、背景疾患を評価します。
■ 画像検査
膵炎の確定診断には本来、膵臓の組織検査が必要ですが、侵襲性が高いため実際にはほとんど行われず、画像検査を組み合わせて臨床的に診断するのが一般的です。
●腹部超音波検査:膵臓の腫大・低エコー化、膵周囲脂肪の高エコー化、腹水などを観察できる、画像診断の中心となる検査です。胆管閉塞の有無も評価できます。ただし、発症初期や軽症例では異常が見つからないこともあります。
●レントゲン(X線)検査:膵炎そのものの診断には有用性が低いものの、嘔吐の原因となる消化管内異物や腸閉塞を除外するために重要な検査です。
第4章:基本の治療と最近の傾向

膵炎の治療は長らく、「膵臓を休ませ、体の回復を支える」支持療法が中心でした。この基本は現在も変わりませんが、ここ数年で考え方が大きく変化した部分もあります。
■ 輸液療法
治療の土台となるのが静脈輸液です。脱水と電解質異常を補正し、膵臓の血流を維持することで、壊死の進行や腎障害を防ぎます。
■ 疼痛管理
膵炎の腹痛は非常に強く、痛みそのものが回復を遅らせるため、積極的な鎮痛が推奨されています。
嘔吐症状が強い場合には、薬剤は注射や点滴薬で投与します。
また、副作用により合併症を誘発する場合もあるため、薬剤の選択は診療に行います。
■ 早期の栄養管理~「絶食」から「早く食べさせる」へ~
かつての膵炎治療では「膵臓を休ませるために数日間は絶食」が常識でした。しかし現在では、早期(おおむね48〜72時間以内)に経腸栄養を開始する方が、腸粘膜のバリア機能が保たれ回復が早いと考えられています。
重症膵炎は体のエネルギーを激しく消耗する病態であり、嘔吐がコントロールでき次第、低脂肪で消化の良い食事を少量から開始します。自力で食べられない場合は経鼻食道チューブなどによる栄養補給も検討されます。
■ 炎症そのものを抑える治療
近年最大のトピックが、膵炎の病態そのものに作用する新薬の登場です。
日本で開発されたフザプラジブナトリウム水和物は、炎症性細胞の表面にある接着分子(インテグリンの一種であるLFA-1)の活性化を阻害する薬剤です。これにより、炎症性細胞が血管から組織へ入り込むのを防ぎ、膵炎の増悪化を抑えます。従来のステロイドやNSAIDsとは異なる作用機序を持つのが大きな特徴です。
また、日本の後ろ向き研究では、急性膵炎の犬へのステロイド(プレドニゾロン)早期投与でCRPの低下が早く、入院期間が短縮したと報告されています。
ただし前向きの比較試験による検証はまだ十分ではなく、使用するかどうかは症例ごとに判断されます。
■ 外科的治療と長期管理
膵膿瘍や胆管閉塞が解除されない場合などには外科手術が検討されます。
なお、感染の根拠がない膵炎への抗菌薬のルーチン使用は推奨されていません。
第5章:薬剤・サプリメントによる治療の選択肢

膵炎の管理では、「炎症と全身合併症のコントロール」「嘔吐と痛みの緩和」「栄養状態の維持」「再発予防」を目的とした薬剤・療法食・サプリメントが組み合わせて使用されます。実際の使用にあたっては必ず獣医師と相談しましょう。
■ メインとなる治療薬
注射薬の多くは動物病院での投与となり、内服薬は症状が落ち着いた後の自宅での管理に用いられます。
| 成分(製品名) | 特徴・役割 |
|---|---|
| フザプラジブナトリウム(ブレンダZ) | LFA-1活性化阻害により好中球の浸潤を抑え、膵臓の炎症の拡大とSIRSなどの全身合併症の予防を狙う、犬の急性膵炎による炎症を抑制する最新の注射薬。 |
| マロピタント (セレニア錠) | NK1受容体拮抗薬。嘔吐中枢と末梢の両方に作用する強力な制吐剤で、膵炎の制吐治療の第一選択。内臓痛を和らげる作用も期待されている。 |
| メトクロプラミド (ボミットバスター錠) | ドパミンD2受容体拮抗作用による制吐作用と、上部消化管の運動促進作用を併せ持つ、従来から使われている薬剤。消化管閉塞がないことを確認したうえで使用する。 |
| モサプリドクエン酸塩 (プロナミド錠) | セロトニン5-HT4受容体を刺激して胃・十二指腸の運動を促進する。胃内容物の停滞に伴う嘔吐や食欲不振の改善に用いられる。 |
| 乳酸菌製剤 (ビオイムバスター錠) | 消化不良・下痢・食欲不振の改善を目的とする医薬品で、回復期の消化器症状に用いられることがある。膵炎そのものへの効果は示されていない。EPIを併発した場合は、専用の消化酵素補充療法が必要になる。 |
| プレドニゾロン (ステロイド製剤) | 急性膵炎の初期治療や、免疫介在性が疑われる慢性膵炎で使用されることがある。血糖値の上昇や感染症のリスクに注意。 |
| 胃酸分泌抑制薬 | 胃酸分泌を抑え、胃・食道粘膜の障害を予防する目的で併用される。 |
※上記は学術情報に基づく一般的な内容であり、実際の使用にあたっては必ず獣医師の指示に従ってください。
■ 疼痛管理に用いられる薬剤
膵炎による腹痛は非常に強力な内臓痛であるため、状態や痛みの強さに応じて以下のような鎮痛薬が選択されます。なお、関節炎などで鎮痛薬を服用している場合は、膵炎の治療中、一時的に休薬や変更が必要になる場合があります。受診時には、普段飲んでいるお薬やサプリメントを必ず獣医師へ伝えましょう。
| 成分 | 特徴・役割 |
|---|---|
| オピオイド系鎮痛薬 | 膵炎の疼痛管理の中心で、痛みの強さに応じて注射や持続点滴で使い分けられる。 |
| リドカイン | オピオイドだけでは抑えきれない重度の痛みに併用される。腸管運動の回復や抗炎症作用も期待されている。 |
| ガバペンチン | 慢性膵炎で持続する慢性的な腹痛に対し、鎮痛補助薬として使用されることがある。 |
※上記は学術情報に基づく一般的な内容であり、実際の使用にあたっては必ず獣医師の指示に従ってください。
■ 食事療法~急性期のリキッドから長期の低脂肪食まで~
膵炎の食事管理で最も重要なのは、脂肪を抑えた消化の良い食事です。
自力で十分に食べられない急性期には、経鼻食道チューブやシリンジから与えられるリキッドタイプ(流動食)の低脂肪療法食が用いられ、回復して自力で食べられるようになったら、ドライやウェットの低脂肪療法食へ切り替えて長期の再発予防につなげます。
| 製品名 | 特徴・役割 |
|---|---|
| ロイヤルカナン 消化器サポート 低脂肪 リキッド | 低脂肪・高消化性のリキッドタイプ療法食。経口でもチューブでも与えられ、少量で必要なエネルギーを補給できる。高脂血症の犬や、病気の回復期・手術後など栄養要求量が高まっている犬に用いられる。また、食欲が出てきたら、同シリーズのウェットやドライフードタイプも与えられる。 |
| チューブ・ダイエット 犬用〈低脂肪〉 (森乳サンワールド) | 粉末をぬるま湯に溶かして使う低脂肪・高消化性の経腸栄養食。急性膵炎などの消化器疾患を対象とし、濃度を調整することで細いチューブ、シリンジ、ペースト状での経口給与に対応できる。 |
| ヒルズ プリスクリプション・ダイエット i/d ローファット (ドライ・缶詰) | 脂肪を抑えた高消化性の消化器ケア用療法食。回復期から長期の再発予防、高脂血症の食事管理まで幅広く用いられる。 |
※療法食は、必ず獣医師の診断と指示のもとで与えてください。手作り食やおやつで脂肪が多くなると、療法食の効果が損なわれることがあります。
■ サプリメント・補助的に用いられるもの
現時点で、膵炎そのものに対する効果が研究で確かめられたサプリメントはなく、サプリメントは膵炎の標準的な治療には含まれていません。
動物病院では、併発している状態や消化器症状に応じて、以下のようなものが補助的に使われることがあります。
| 製品名・成分 | 用いられる目的と根拠 |
|---|---|
| アンセットなどのオメガ3脂肪酸 (EPAやDHA)製品 | 高トリグリセリド血症を伴う犬で、中性脂肪を下げる目的の補助として用いられることがある。ただし、犬での有効性や適切な用量は確立していない。それ自体が脂肪であり、与えるほど脂肪の摂取量が増えるため、獣医師の指示のもとで慎重に使う。 |
| SOPHIA FLORA CARE (フローラケア)やビオフェルミンS などの乳酸菌製品 | 腸内環境を整える目的で、回復期の便の状態のケアに用いられることがある。しかし、人の重症急性膵炎では、急性期のプロバイオティクス投与で死亡率が上がったという臨床試験があり、急性期の使用は獣医師の判断に従う。 |
※サプリメントは医薬品の様な具体的な効能効果を期待するものではありません。膵炎の既往がある犬に、脂質を含むサプリメントや新しいおやつを与える際は、必ず事前に獣医師に相談してください。
まとめ
- 繰り返す嘔吐、食欲不振、祈りのポーズなどの腹痛のサインに気づいたら、様子を見すぎず速やかに受診する
- 急性膵炎と慢性膵炎は膵臓の組織の変化による分類で、症状だけでは区別できない。慢性膵炎は進行するとEPIや糖尿病の原因となることがあり、再発予防が大切
- 診断は膵特異的リパーゼ(cPL)と腹部超音波検査を中心に総合的に行い、重症例では全身合併症の評価が欠かせない
- 治療は輸液・疼痛管理・制吐・早期の栄養管理が基本。近年は炎症そのものを抑える治療が多く用いられている
- 回復後は低脂肪食の継続、体重管理、高脂血症・内分泌疾患の治療、盗み食いの防止で再発予防に努める
膵炎は再発しやすく、繰り返すうちに慢性膵炎や糖尿病へ進行することもある病気です。
愛犬の「いつもと違う」嘔吐や元気のなさに気づいたら、早めに獣医師に相談しましょう。

日本大学卒業、獣医師免許取得。関東の動物病院で15年以上にわたり小動物医療に従事し、犬猫を中心にうさぎ・フェレット・モルモット・ハムスター・ハリネズミなど幅広い動物種の診療を行っている。また、診療業務を行う傍ら、行政書士の資格を取得し個人事務所を開業。主にペット関連の法務を扱っており、人と動物が幸せに暮らすためのサポートを行っている。
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犬の膵炎の治療薬・関連療法食・サプリメント 取り扱いページ. https://nekoazarasi.com/
