椎間板は、背骨(脊椎)を構成する一つ一つの骨(椎骨)の間で、クッションの役割を果たしている組織です。
犬の「椎間板ヘルニア(Intervertebral Disc Disease:IVDD)」は、この椎間板の一部が本来の位置から飛び出し、すぐ上を通る脊髄を圧迫することで、痛みや麻痺などの神経症状を引き起こす疾患です。
犬の脊髄疾患の中でも発生頻度が非常に高く、特に胴の長い犬種でよくみられます。
「階段を嫌がる」「抱っこすると鳴く」といったサインは、椎間板ヘルニアの初期症状であることが少なくありません。
今回は、椎間板ヘルニアの分類、治療薬・サプリメントの選択肢まで、近年注目されている新しい選択肢も入れて詳しく解説します。
第1章:椎間板ヘルニアとは?

椎間板の構造とヘルニアが起こるメカニズム
椎間板ヘルニアは病態によって大きく2つのタイプに分類されます。
以下の表でそれぞれの特徴を理解しておくことは、治療方針の選択に大切です。
| 分類 | 特徴 |
| ハンセンⅠ型 | 髄核が変性・石灰化し、線維輪を突き破って急激に脊柱管内へ脱出するタイプ。ダックスフンド・コーギー・ビーグル・シーズー・フレンチブルドッグなどの軟骨異栄養性犬種に多く、3〜6歳という比較的若い時期でも急性に発症する場合がある。 |
| ハンセンⅡ型 | 線維輪が徐々に変性し、髄核を含んだまま緩やかに膨隆するタイプ。大型犬や非軟骨異栄養性犬種に多く、中高齢で慢性・進行性の経過をたどりやすい。 |
好発犬種・年齢と発生部位
軟骨異栄養性犬種(ダックスフンド・コーギー・ビーグル・シーズー・パグ・フレンチブルドッグなど)は、若齢から椎間板の変性が始まりやすい遺伝的特性を持っており、椎間板ヘルニア全体の発生の多くを占めるとされています。
中でも『ダックスフンド』は、報告によっては椎間板ヘルニア全体の半数近くを占めるとされるほど突出して発生率が高く、まさに代表的な好発犬種といえます。
第2章:重症度分類(神経学的グレード)とステージング

椎間板ヘルニアの治療方針は、見た目の痛がり方だけでなく、神経学的検査によって評価される「グレード(重症度)」に基づいて決定されます。
代表的な分類が以下の5段階のグレード分類です。
| グレード | 状態の目安 |
| グレード1 | 疼痛のみで歩様は正常。深部痛覚・随意運動は保たれている。 |
| グレード2 | 不完全麻痺(ふらつき歩行)。自力歩行は可能だが後肢の踏み込みが弱い。 |
| グレード3 | 完全麻痺(対麻痺)。自力歩行は不能だが、随意運動はわずかに残る。 |
| グレード4 | 完全麻痺。随意運動は消失するが深部痛覚は残存し、排尿障害を伴うことが多い。 |
| グレード5 | 完全麻痺かつ深部痛覚も消失。緊急性が最も高く、手術のタイミングが予後を大きく左右する。 |
グレード4及び5、特に深部痛覚が消失している場合は、発症から手術までの時間が予後を左右するとされており、可及的速やかな外科的減圧術が推奨されます。
※グレード評価はあくまで神経学的所見に基づくものであり、実際の圧迫部位や程度を正確に把握するためには、後述するMRI・CT検査による画像評価が不可欠です
第3章:症状と気づきのポイント

椎間板ヘルニアは発生部位・重症度によって症状の現れ方が異なります。
以下のような点をチェックしてみましょう。
| 症状・所見 | 背景となるメカニズム |
| 背中を丸める・触ると痛がる・震えが続く | 線維輪の損傷や脊髄圧迫による痛み。 |
| 後肢がふらつく、爪を擦って歩く | 脊髄圧迫による固有受容感覚(体の位置を感じる感覚)の低下。 |
| 後肢に力が入らない、立てない | 運動神経路の圧迫により随意運動が障害。起立困難となる。 |
| 排尿・排便のコントロールができない | 仙髄・馬尾を含む圧迫や自律神経路の障害による失禁や尿閉。 |
| 後肢の足先をつねっても痛がらない | 深部痛覚の消失。最重度のサインであり緊急性が高い。 |
| 首を触られるのを嫌がる・頭を下げたまま動かない(頸部の場合) | 頸髄の圧迫による強い疼痛。 |
また、椎間板ヘルニアでよくみられる症状を表す言葉に「抱きキャン」というものがあります。
愛犬の脇の下に手を入れて抱っこしようとすると「キャン!」と鳴く(痛がる)ことに由来しており、臨床の現場でよく使われています。
第4章:診断方法

神経学的検査
姿勢反応(足の甲を返す等)、脊髄反射、疼痛の局在、深部痛覚の有無などを評価し、おおよその障害部位とグレードを推定します。神経疾患が疑われる場合に、動物病院で最初に行う重要な検査です。
画像検査(レントゲン・MRI・CT)
レントゲン(X線)検査:
骨の配列や椎間板の石灰化、椎間腔の狭小化を確認できる基本的な検査で、椎間板ヘルニアを疑う場合には最初に行う。椎間板の石灰化(硬化)や椎間の狭小化の有無などを評価する。
ただし脊髄や椎間板そのものは描出できず、圧迫の有無や程度は直接評価できない。
MRI検査:
脊髄そのものや周囲の軟部組織を高いコントラストで描出でき、圧迫部位・程度・脊髄の変性(浮腫や軟化)まで評価できるため、椎間板ヘルニア診断の主流であり、とくに手術を検討する場合にはほぼ必ず実施する。
しかし、全身麻酔が必須でコストも高く、対応できる施設が限られている。
CT検査:
骨や石灰化病変の描出に優れ、撮影時間が短く緊急時にも対応しやすい。
脊髄造影と組み合わせれば脊髄圧迫の評価も可能で、MRI非対応施設での代替手段にもなる。
ただし軟部組織のコントラスト分解能はMRIに劣り、単独では脊髄圧迫の評価が難しい。
第5章:基本の治療

治療方針は、グレード・発症からの経過時間・年齢や全身状態などを総合的に評価したうえで決定されます。
内科的治療(保存療法)
グレード1〜2の軽度な症例や、手術を希望しないorできない場合には、絶対安静とケージレスト(厳格な運動制限を3〜4週間程度)を基本とした内科的治療が選択されます。
消炎鎮痛剤で痛みと炎症をコントロールしながら、再発を防ぐために運動制限を徹底することが治療成功の鍵となります。
ただし、保存療法は再発率が外科手術より高いとされる報告もあり、グレードや生活環境に応じて慎重に選択する必要があります。
外科的治療(減圧手術)
グレード3以上、特に深部痛覚のあるグレード3〜4では手術の成功率が高く、早期の外科的減圧術(片側椎弓切除術:ヘミラミネクトミーなど)が推奨されます。
グレード5(深部痛覚消失)でも、発症から48時間以内など早期に手術を行うことで歩行機能が回復する可能性があるとされ、まさに時間との勝負になります。
手術では、脊髄を圧迫している髄核を摘出し、圧迫を解除します。
リハビリテーション
手術後・保存療法中を問わず、近年は水中トレッドミル、レーザー治療、鍼治療などを組み合わせたリハビリテーションの重要性が広く認識されるようになっています。
神経機能の回復を促し、廃用性の筋萎縮を防ぐうえで有用な選択肢です。
再生医療(幹細胞治療)
手術で十分な回復が得られなかった症例や、手術を望まないorできない事情がある症例向けの新しい選択肢として、幹細胞治療を中心とした再生医療も登場し、近年注目されています。
日本では近年「犬の胸腰部椎間板ヘルニア」等を対象とした動物用再生医療等製品が世界に先駆けて承認されており、点滴投与によって神経・組織の修復を促すことが期待されています。
ただし効果には個体差があり、エビデンスの蓄積は発展途上であるため、費用面も含めて獣医師とよく相談したうえで検討する選択肢です。
第6章:薬剤・サプリメントによる治療

椎間板ヘルニアの管理では、手術の有無にかかわらず「炎症・疼痛のコントロール」「神経障害性疼痛への対応」「椎間板・神経の健康維持」を目的とした薬剤・サプリメントが組み合わせて使用されます。
メインとなる治療薬
以下は、保存療法・術後管理で中心となる抗炎症・鎮痛薬です。ステロイドとNSAIDsは作用の仕方が異なるため、原則として同時に併用せず、切り替える際は消化管障害を避けるために一定の休薬期間を設けます。
| 成分(製品名) | 特徴・役割 |
| 副腎皮質ステロイド (プレドニゾロン等) |
強力な抗炎症作用により、髄核脱出に伴う脊髄の炎症・浮腫を軽減する目的で、急性期の保存療法や手術前後の管理に用いられる。高用量・長期投与は多飲多尿や易感染性などの副作用を伴うため、投与量と期間は症例毎に慎重に判断される。 |
| メロキシカム (インフラカム/メロキシリン等) |
オキシカム系のNSAIDs。1日1回投与で幅広い体重域に対応した規格があり、術後・慢性の炎症性疼痛の緩和に広く用いられる。 |
| カルプロフェン (リマダイル) |
プロピオン酸系のNSAIDs。長年にわたり運動器疾患の炎症・疼痛緩和に使用されてきた実績のある薬剤。 |
| ロベナコキシブ (オンシオール) |
COX-2高選択性のコキシブ系NSAIDs。効果発現が早く、炎症部位に長くとどまる特性を持つ。 |
| グラピプラント (ガリプラント) |
COX阻害ではなくEP4受容体を選択的に阻害する新しい機序の薬剤。胃腸への影響が比較的少ないとされ、長期管理での選択肢として注目されている。 |
| マバコキシブ (トロコキシルチュアブル) |
月1回の投与で効果が持続するチュアブルタイプ。通院・投薬の負担を軽減できる長期管理向けの選択肢。 |
| 犬脂肪組織由来間葉系幹細胞 (ステムキュア) |
動物用再生医療等製品。犬(同種)脂肪組織由来の間葉系幹細胞を点滴で静脈投与し、損傷した神経・組織の修復をサポートする最新の治療。効果には個体差がある。 |
※上記は学術情報・各製品の添付文書情報に基づく一般的な内容であり、実際の使用にあたっては必ず獣医師の指示に従ってください。
神経障害性疼痛・筋緊張への対応
椎間板ヘルニアの痛みには、組織の炎症による「炎症性疼痛」だけでなく、圧迫された神経そのものが損傷・過剰興奮することで生じる「神経障害性疼痛」が強く関与しています。
一般的な消炎鎮痛薬(NSAIDsやステロイド)は主に炎症を抑える目的で使用されるため、神経由来の痛みに対してはコントロールが不十分となるケースが少なくありません。
そのため、痛みが強い症例や慢性化している症例では、以下のような神経障害性疼痛治療薬が補助的に併用されます。
| 成分 | 特徴・役割 |
| ガバペンチン | 本来は人間用の抗てんかん薬ですが、神経の過剰な興奮を抑える作用を持つため、獣医療においても神経障害性疼痛に対する鎮痛補助薬として使用されることがあります。 |
| プレガバリン | ガバペンチンと同系統の薬剤ですが、ガバペンチンと比較して生体内での吸収性や持続性に優れており、既存の鎮痛薬で十分な鎮痛効果が得られない難治性の疼痛コントロールにおいて選択されます。 |
※上記は学術情報・各製品の添付文書情報に基づく一般的な内容であり、実際の使用にあたっては必ず獣医師の指示に従ってください。
サプリメントによるサポート
椎間板や関節・神経の健康維持を目的としたサプリメントも、手術やリハビリと並行して広く活用されています。
| 製品名(成分) | 特徴・役割 |
| コセクイン (グルコサミン塩酸塩・コンドロイチン硫酸・MSM配合) |
椎間板を含む軟骨組織の構成成分を補い、関節・脊椎まわりのクッション性維持をサポートする。 |
| ダスクイン (コセクインにASU・オメガ3脂肪酸を追加配合) |
コセクインの成分に加え、アボカド大豆不鹸化物(ASU)やオメガ3脂肪酸を配合し、軟骨成分と抗炎症サポートの両面から関節・椎間板の健康維持を狙う上位製品。 |
| アンセット (モエギイガイ抽出脂質、EPA・DHA高濃度配合) |
オメガ3脂肪酸とリン脂質を豊富に含み、抗炎症作用を介して関節・脊椎まわりの炎症体質のサポートを目的とする。 |
| アンチノールプラス (EAB-277『モエギイガイ抽出脂肪酸PCO-524+クリルオイル』) |
91種類の脂肪酸を含む独自成分により、関節だけでなく皮膚・被毛・心血管・神経認知機能まで幅広くサポートする。 |
※サプリメントは医薬品の様な具体的な効能効果を期待するものではなく、継続的な栄養給与によって椎間板や関節の健全な状態を維持・サポートする目的で使用されます。
まとめ
- 抱きキャンや歩き方の異変(ふらつき、背中を丸める)に気づいたら、運動を制限して速やかに受診する
- 神経学的グレード分類が治療の指針。特に深部痛覚が消失するグレード4・5は時間との勝負
- グレードや全身状態に応じ、絶対安静・外科手術・リハビリ・再生医療を適切に組み合わせる
- ステロイド・NSAIDs・神経障害性疼痛治療薬・サプリメントを病態に合わせて活用し、再発予防に努める
椎間板ヘルニアは、早期発見および迅速な初期対応によって予後が大きく変わる疾患です。
愛犬の歩き方や仕草に少しでも違和感を覚えたら、決して様子を見すぎず、できるだけ早く獣医師に相談しましょう。

日本大学卒業、獣医師免許取得。関東の動物病院で15年以上にわたり小動物医療に従事し、犬猫を中心にうさぎ・フェレット・モルモット・ハムスター・ハリネズミなど幅広い動物種の診療を行っている。また、診療業務を行う傍ら、行政書士の資格を取得し個人事務所を開業。主にペット関連の法務を扱っており、人と動物が幸せに暮らすためのサポートを行っている。
参考文献
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- Olby NJ, Moore SA, Brisson B, et al. ACVIM consensus statement on diagnosis and management of acute canine thoracolumbar intervertebral disc extrusion. J Vet Intern Med. 2022;36(5):1570-1596.
- Moore SA, Tipold A, Olby NJ, et al. Current approaches to the management of acute thoracolumbar disc extrusion in dogs. Front Vet Sci. 2020;7:610.
- 椎間板ヘルニアの治療薬・関連サプリメント 取り扱いページ. https://nekoazarasi.com/
- ステムキュア 添付文書・製品情報. 物産アニマルヘルス株式会社. https://vet-i.jp/contents/product/stemcure/index.html
